正月の遊び方




差配の屋敷に来客の絶える事は無い。
其れでも年末年始だからこそ、というべきか。
特に年末には年の瀬の挨拶に来る人間が、そして年が明けてから年始の挨拶に来る人間が引っ切り無しにやってくる。
普段は昼からの予定しかはいっていない御前の予定がこの時期ばかりは朝から晩までぎっしり詰まっているのだ。
其れは何時もふらふらしている若も同じこと。
拠って、通常の人間ならば一休みつけるであろう年末年始に用心棒連中の休みは無い。
寧ろいつもよりも忙しい位だ。
人の出入りが激しいこの時期にこそ、気を配らなければならない。

しかし、其れも三箇日を過ぎれば人の出入りも大人しくなり通常と変わりなくなる。
年末から三箇日まで大した騒動も事件も起きる事は無く、誰もがほっと一息ついた。
其れまでの、厳戒態勢というには大げさだが有る程度の警戒を高めた警備も必要ないと判断されて、通常の勤務体制に戻ったのを機に御前の計らいで宴席が設けられた。







女が注ごうとした酒を断り、手酌で注いだ酒を大して美味しそうな顔も見せずにヒョーゴは一気に飲み干した。
今夜は用心棒連中だけの無礼講だ。
女も酒も好きなだけ用意してある。
年末年始の休む暇も無かった時期が漸く終わり、御前と若付きの用心棒たちにささやかながらも労いの意味を込められた宴会。

 だというのに。

「…若付きの連中はどうした」
だだっ広い宴席には自分とキュウゾウしか居ない。
用意されていた他の席に飲み食いした形跡があるということは先程までは連中も居たらしいが。
「は、何やらウキョウ様に呼ばれたようでして」
酒の準備をしながら控えていたかむろ衆が応えた。
どうやら自分たちが来るのと入れ違いに、若に呼ばれた連中が出て行ったらしい。
「ふん、若にも困ったものだ」
どうせ呼び出されて無理難題を押し付けられるのが関の山。
折角設けられた慰労の宴席だというのに可哀相なことだ、と思い。
御前付きの自分たちには関係のない話だな、と喉に流し込んだ酒に喉を灼きつつヒョーゴは呟いた。


「おい、飲んでいるか」
酔いに目元を紅く染め、とろりとした目付きでヒョーゴはキュウゾウへとにじり寄った。
キュウゾウもヒョーゴと同じく女の酌を断わったらしい。
膝を崩さぬまま、表情を変えることなく酒を嗜んでいたキュウゾウはちらりとヒョーゴを一瞥し、何か言おうと口を開きかけ。
珍しいことに惚けた様に口を半開きにさせたまま、目線がヒョーゴからヒョーゴの背後へと動いた。
「…?何だ、一体」
毒気を抜かれて振り返り、同じようにヒョーゴも固まった。

眼にも鮮やかな、というより。
激しく眼に痛い原色や金色をふんだんに使ったど派手な布の洪水。
そんな派手な色は隣に座る男だけで十分だと酔いが一瞬で吹き飛び、ほぼ思考の麻痺した頭の隅でヒョーゴは思った。

孔雀のように無駄に着飾らされて(しかも如何見ても女物の着物だ)戻って来た用心棒連中が皆一様に疲れた顔をしているように見えるのは気のせいではないだろう。
「あ、ヒョーゴさーん」
そんな中、一人元気そうなボウガン使いの男がヒョーゴに気づいて満面の笑みを浮かべた。
生憎と両手は荷物で塞がっているので手を振る事は出来ないが、もしも尻尾があったのなら尻尾をちぎれるほど振っていただろう。

其れは好いとして。
「………其の、衣装は如何した」
普段から派手な女物の着物を纏っているボウガン使いは、現在すらりとした長身に金襴緞子の振袖を着崩し、頭には飾り簪が挿されている。更には唇には紅が乗せられ、薄らと化粧も施されているらしい。
「ああ、此れですか。否、若に呼ばれて行ったら御側女衆に寄って集ってこんな格好させられちまったんですよ」



   新年なんだし、偶には晴れ着っぽいのを着てみるのも好いんじゃない?
   ねえ、みんなもそう思うよねえ?
   そのとおりですわ、ウキョウ様。


声を揃えて囀ったウキョウの御側女衆たちの手によって、用心棒たちは色取り取りの服を着せられ、問答無用で化粧を施され飾り立てられた。
…というのが事の顛末らしい。




「…其れはまた」
可哀相に。
口には出さなかったが、ボウガン男と似たり寄ったりの格好をしているセンサー男やゴーグル男に心底ヒョーゴは同情した。似合う似合わないは別にして、どっと疲れた顔をして酒を喉に流し込んでいる彼らの姿を何ともいえぬ顔で見ていたヒョーゴの眼にふとボウガン使いの男の両手に抱えられた荷物が映る。
「其れは何だ」
何の気なしに問うたヒョーゴの目の前でボウガン使いの顔にいくつかの表情が浮かんだ。
嬉しそうな、楽しそうな、気の毒そうな…気の毒そうな!?
「若のご命令でして」
すまなさそうな声音とは裏腹にボウガン男の目は期待の色できらきらと輝いている。
何時の間にかキュウゾウともども未だ余力の残っていそうな用心棒衆たちに囲まれていた事に今更ながら気づき、ヒョーゴは愕然とした。
つまり。
「俺たちにも"其れ"をしろ、と…!?」
いっせいに頷いた用心棒たちは酒で僅かに動きの鈍ったヒョーゴの両腕を押さえると、まず腰の刀を放り出した。
一方でキュウゾウに飛び掛った用心棒たちはひらりとかわされ、あっさりと逃げられる。
「俺は御免蒙る」
ちゃきりと何時でも抜けるように両手に刀を握った格好でキュウゾウはのたまった。
が、其の後に序でのように余計な一言を付け加えると窓から外へと飛び出した。
「ヒョーゴは置いていく故、好きにしろ」
「キュウゾオオオォォォォ!!!」

ヒョーゴの怒りの声を背にキュウゾウは。
さて自分は巻き込まれずに、飾り立てられたヒョーゴの姿は何刻後に来れば見られるか、と無表情の奥で考えていた。







酒に酔っていたのも有るし油断をしていたのは確かだ。
其れに一応"同僚"である彼らに対し、キュウゾウのように躊躇いもなく刃を向けられるほど情が無いわけではない。
…まあ、あの後刀は取り上げられたとはいえ、用心棒たちをちぎっては投げてを繰り返した挙句に土下座をされて泣いて頼まれたというのもあるが。


しかし。
…その結果が此れか。
己の格好を見下ろし、物悲しくヒョーゴは嘆息した。
既に鏡を見る勇気も気力も無い。

無造作に結った髪には蝶をあしらった両天簪やら笄を何本も挿され頭が重い上に、動く度に細い鎖を何条も下げた耳飾りがしゃらりと金属が触れ合う涼しげな音を鳴らす。 更に首には大きな飾りのついた首周りにぴったりと沿う形の首飾りを巻かれ、窮屈な事この上ない。
最後に裾引きの振袖を襟を大きく広げて着崩し、花魁のように帯を前で留められた。
勿論化粧もされたことは言うまでも無い。

取り合えず其の姿でウキョウの前に連れて行かれ、ひっくり返るほど大笑いされた。
因みにウキョウの隣には既に同じ目にあったのであろうテッサイも控えていた。
互いの格好からは視線を逸らし、其の苦労と悲哀だけを分かち合う。
…苦労するな。
…お互いに。

口癖である「好いねえ!」を連発しながら一頻り涙が出るほど笑うと満足したのか、ウキョウは 「それじゃ其の着物、今日が終わるまでは脱いじゃ駄目だよ〜」 と機嫌よさげにひらひらと手を振った。
誰がそんな言葉に従うかと思いつつ、ウキョウの邸を出たヒョーゴは。
己の十年来の朋友が其処にいるのを見て、自分の気分が地の底まで落ちるのを感じた。
最低だ。

「…笑いに来たのか」
すっかりやさぐれたヒョーゴに対し、キュウゾウは其の姿をじぃと見つめ。
上を見て下を見て思案するように僅かに首を傾げると。
「…悪くは無い」
「今の姿で何を如何褒められようと嬉しい筈があるかー!!」
卓袱台をひっくり返しそうな勢いでヒョーゴは叫んだ。
しかし、続くキュウゾウの言葉に。
息が一瞬止まった。
「だが、おぬしは血の方が似合う」
空に居た頃。
どれ程洗っても消えることのなかった鉄錆の臭いを懐かしく思い出す。
「…此処は戦場ではないし、俺ももうサムライではない」
「知っている」
わかってはおらぬくせに。
戦場はもう既に無いと知りながらも、何時も捜している。
其のキュウゾウのサムライとしての一途さを、其の純粋さを。
ヒョーゴはどうしようもなく、欽羨していた。

ふ、と息を吐き出し。
宵闇の中、居待月に照らされて小さく微笑ったヒョーゴをキュウゾウは聊か瞠目して見つめた。
常の神経質に張り詰めたような空気が失せ、滅多に見せぬ柔らかな雰囲気を身に纏っている。
其の姿をキュウゾウは素直にうつくしいと思った。
悪くは無いどころか、よく似合っている。
他人どころか自分の格好にすら全く頓着する事の無い男がそう思っていることも知らず、ヒョーゴは何時もとは違う色の紅の塗られた唇を小さく開いた。
「…怒る気も失せたわ」
キュウゾウ、と名を呼び。
「俺は酔っている」
「……」
其れが如何したとキュウゾウは視線だけで答える。
「足元も覚束ぬゆえ、部屋まで送れ」
随分と確りした足取りだが、と言いたげな紅蘇芳色の眸がヒョーゴを眺めた。
「序でに此の馬鹿げた衣装を脱ぐのも手伝え」
「…承知」
合点がいったのか、口角を上げてにやりとキュウゾウは哂った。








お粗末!



蛇足。
新年明けましておめでとう御座います。(因みに書いてる日にち一月六日)
い、一月中に上げられて好かったと喜ぶべきなので御座いましょうか、このネタは…。
そして無駄に長くなった挙句に内容は全然おめでたくなかった…!(本当は更に長くなる筈でしたが流石に余計な所は割愛致しました…)

一月中はフリー配布とさせて頂きますので、宜しければどうぞ遠慮なくお持ち帰りください。
フリー配布は終了いたしました。お持ち帰りくださった皆様、有難う御座いました。
其れではキューゴ(とカンシチ)の繁栄を祈って!(エェー!!)







弐〇〇七年
Noface きわ拝