To a calm mind




久蔵は自分の髪に触れるのを好んだ。
二人きりになると長く伸びてしまった自分の黒い髪に手を伸ばす。
長い髪など珍しいものでも有るまいに、と云ったこともあるが無言で聞き流された。
手入れなど碌にしていないから止せというのに埃と血と脂に汚れ傷みきった髪の毛を掬うと指を通す。
引っかかる痛みに兵護は眉を顰め、云うのは無駄とわかっていながらもいつものように止めろと溜息混じりに呟いた。
「切らぬのか」
久蔵が珍しく言葉を発したと思うとその様な事。
呆れた顔ながらも生来の律儀さで兵護は応えた。
「中途半端な長さだと余計に邪魔になる。其れならばいっそのこと伸ばして括った方が好い」
其の言葉にふうんと納得したのか納得していないのかわからぬ返事をしながら久蔵は髪に指を絡め、軽く引っ張った。
「何だ、切りたいのか?」
「否」
即座に返ってきた答えに兵護は片眉を上げた。
「長い髪が好きなのであれば己も伸ばしたらよかろう。別に俺の髪でなくとも」
「…おぬしの髪が好い」
ぼそりと。兵護の言葉を遮るように呟かれた久蔵の一言に、一瞬兵護は目を見開き。
「ば…!」かめ、と云おうとして止めた。
代わりに深い嘆息を口から零し。
「…勝手にしろ」
仄かに耳を赤く染め、諦めたように肩を竦めた。