休息




「勘兵衛様、髷をお結いになってはいかがです?」
書類を黙々と処理していく勘兵衛を横目に、処理されていく膨大な量の書類を整理しながら七郎次は何気なくそう口にした。
サムライの大抵は長く伸ばした髪を結うか、または束ねるかをしており、勘兵衛のように総髪を流しているサムライは珍しい。
しかも其れなりに地位のあるサムライが髪を下ろしているのはごく稀である。
居ない事は無いが、その大抵が色小姓と呼ばれる存在だ。
とはいえ、どちらかというと髪を結っていない勘兵衛よりも3本の髷をきちんと結っている自分の方が色小姓と呼ばれても仕方の無い容姿をしているのは自覚している。
「そろそろ季節も暑くなることですし…」
何より邪魔になるのではないかと言いかけ、勘兵衛の筆が書類を滑る音が途切れたのを不審に思い七郎次は勘兵衛のほうを振り向いた。
その眼に入ったのは、思案する時の癖である右手で顎鬚を撫でる勘兵衛の姿。
「勘兵衛様?」
「生憎と儂は細々とした作業は苦手でな」
「…成る程。合点がいきました」
自分で髷を結えないのであればそのような身の回りの世話をする人間を雇えばいいものを、と思った瞬間、七郎次はその端麗な顔に苦笑いを浮かべた。
勘兵衛という男は戦場ではその才能を十二分に発揮するが、生活においての能力が優れているかといわれると決してそのようなことはない。かといって、何も出来ぬというわけではない。
最低限の身の回りのことは自分で出来るが、其の他の生活に関しては七郎次が一手に世話を引き受けている。副官としての職分からは離れているが七郎次が自ら望んでやっていることだ。
つまり自分が細々とした勘兵衛の身の回りの世話をしているがために、勘兵衛は人を雇う事など考えなかったわけだ。
ならば、勘兵衛の髪を結い上げるのも自らの仕事と考えても良いだろう。
「では、私が勘兵衛様の御髪を結っても構いませんか?」
「好きにせよ」
妙に楽しそうに自分の髪をいじり始めた七郎次の姿を苦笑しながら見やり、勘兵衛は書類を処理する手を一旦止めて椅子の背もたれに体重をかけた。
動かないで下さいまし、という笑い混じりの声と柔らかく髪を梳かす指を感じながら勘兵衛は眼を瞑る。
心から信頼できる相手に身を委ねることができる幸福を思い。
そして、その幸せな時はこの戦場において長くは続かないであろう事を予感しながら。








お粗末!