回生




「命あっての物種」
「生きている方が余程大事さ」
袖の中身の無い左腕を見て、皆は口々に言う。
命を失うより、腕を失う程度で済んでよかったと。

云われるたびに、咄嗟に口をついて出そうになる言葉を呑み込み、シチロージは「左様で」と何かを諦めたような笑みを返した。



戦場から流され、ユキノに拾われ、蛍屋で目を覚まし。
絆を散らし、心の拠り所を失ったと判った時の其の喪失感を、言葉などでは言い表せない。
左手に六花を刻まれた時、皆との絆というよりも、あの方の存在をこの躯に刻まれたような気がして、其れが嬉しかった。
何の根拠も無く、此れで死ぬ時まで共に在れると思った。
ずっと共にあった存在。
だが、在ることが当然だと信じていたものを失い、忘れてしまうには余りにも愛しすぎる記憶を抱いたまま、いっそのこと狂って仕舞えれば楽になれるのにと、涙さえ零れぬ絶望の中で願っていた。

其れから幾分時が流れ、表には出さないところで荒んでいたシチロージを癒したのはユキノだった。
癒されたのは体の傷だけではない。心もだ。
まるで枯れた草に水を与えるように、ユキノは少しずつ其の尽きぬ優しさでぽっかりとシチロージの心にあいてしまった穴を塞いでいった。
しかし、其の穴を埋めることなど他の誰にも出来はしない。
唯、ユキノは優しく慈しみ、労わり、心に刻まれた傷が痛まぬように癒していった。
其のぬくもりに、シチロージは確かに救われたのだ。









そして。
蛍屋に"客"としてではなく、"従業員"としてある程度馴染んだ頃の、夜というには朝に近い夜明け前の一時。
灯をつけず、暗い一人きりの部屋で、普段は気にする様子を一切見せることの無い、袖の中身の無い左腕に右手で触れ。
「…中仕切り、か。サムライは終いだな」
そう溜息のように呟くと、漸くシチロージは自分が最早サムライではないということを実感した。
其れまで、頑なに認めようとしなかった――――否、認めたくなかった其の事実がシチロージに重く圧し掛かる。


其の身をサムライと為すものは何か。
魂である刀を持っている事か。
其れとも仕えるべき主が居ることか。
否。
サムライがサムライたるべきは、己の立つ場所が戦場であるという、唯其れだけだ。
信念を貫き、潔さを携え、戦に赴く。
目に見えぬ証こそがサムライ。

だが、信念は折れた。潔さなど最早見る影も無い。戦など何処にある。
左腕も無い。
得物も無い。
仕えるべき主も居ない。
この身に刻んだ絆も失い、結ばれた縁も絶たれた今となっても、未だ辛うじて残っているものは思い出とサムライとしての名残である己の手に幾つも在る剣だこと、体中に残る傷痕だけだ。
そんな己をサムライだと強情に言い張った所で虚しいだけ。

ならば自分は今何者なのか。
死人だ、シチロージは思った。

左腕を失い、手の甲に描かれた六花弁が散った時にサムライとしての自分は死んだのだ。
サムライとしての魂は得物。幾年も戦を共にした朱塗りの槍はこの手から離れた。
心はあの方に捧げたまま、永遠に戻ってくることは無い。
ならば、此処に在るのは心と魂を失った唯の抜け殻。
今まで其の事実を直視することを避けてきた。


だが其れももう終わりだ。


自分は、もうサムライではない。
あの方の傍で、槍を手に戦場を駆け抜けた"七郎次"という存在はもう居ない。


生きろというのならば、生きよう。
だが、其れはサムライとしてではない。
蛍屋の幇間としての"シチロージ"として。
魂も心も無く、唯、年月に流されるまま、残された虚しくも平穏な生を全うする事を己の責務と定めた。








サムライとしての生はあの方と共に咲き誇り、そして散った。









お粗末!