渇
斬って殺して貫いて斬られて傷ついて殺して殺して殺して。
刃を交わらせ悦楽を貪る。
血に塗れて戦に淫する。
空虚の死を愉しみ、刹那の生を悦ぶ。
其の極上の愉悦。
避けきれず右腕に受けた刀傷から絶え間なく血が流れ落ちる。
其の身体は既に満身創痍。とは云え、致命傷は無く全て浅い傷のみ。
傷の刻まれた全身が疼く感覚に七郎次は喘いだ。
苦痛ですら快楽に変えて、戦の全てを享受する。
刃を望み、生を渇望し、死すら厭わぬ。
矛盾を孕んだ其の思考を七郎次は当然のものとして受け入れる。
狂っているのだ。
戦とはそういうものだと端から信じているものにとっては其れが真理。
狂気に蝕まれ、尚生き残ることを選択したものだけがサムライと呼ばれる。
槍を構えなおそうとして、ぬるりと血で滑る感触に初めて気がついたかのように七郎次は己の武器持つ両手を見やった。
じっとりと血を吸って赤黒く染まった手套が眼に入る。
此れでは用を成さぬ。
そう判断し、躊躇いもなく手套を外し捨てると、七郎次は懐のさらしを取り出し、己の右手と槍を幾重にも縛った。此れでもう何があっても槍を放すことは有るまい。
見ないようにはしているが、既に疲労は限界まで溜まっている。
こうでもしなければ槍を取り落とすのは必至だっただろう。
其れでも。
未だ熱は冷め遣らず手に残る死の感触を愉しみながら、餓えた眼で戦場を一瞥する。
己の身に巣食う獣は咆哮を上げ続けている。
まだ喰い足りない。
もっとこの躰滅びるまで戦いの悦楽を、と己の本能が望むままその衝動に身を任せかけて。
「七郎次」
背後から自分の名を呼んだ声に其の身体はぎくりと凍りついた。
「勘兵衛、様」
知らず、名前が口から零れ落ちる。
段々と近付いてくる足音に振り向かなければと思うのに振り向けない。
己の血か返り血か。判らぬほど血の朱と機械油の黒に彩られている此の姿を見せたくないと反射的に七郎次は思った。
「刻限だ。退け」
浴びた血潮は既に渇いている。
其の血飛沫に濡れた当初は温い感触を快いと感じて居たのに、今は其の渇いて張り付く感触が酷く気持ち悪かった。
顔を擦るとぼろぼろと渇いた血の塊が顔から剥がれ落ちる。
穢れている。汚れている。
見られたくない。
何を?
血に汚れた其の姿か、其れとも獣の様な其の貌か。
それとも。
戦に昂ぶり、本分を忘れ死を愉しんだ己か。
「七郎次」
再度呼ばれ、漸くのろのろと振り返ると白い外套を靡かせた己の主が視界に入った。
あたりに横たわっている屍を丁寧に避けて歩み寄ってくる。
たわけめ、小さく溜息と共に落とされた呟きが耳に入った。
槍を縛った右手を取られ、幾重にも結わえた紐を丁寧な所作で解かれてゆく。
「怪我の手当ては艦に帰ってからだ」
其の勘兵衛の眼に僅かに苦々しげな光が浮かんでいるのを認めて、七郎次はそっと顔を伏せた。
次の瞬間。
「七郎次。おぬし、死んでも構わぬと思ったな」
頤を強く掴まれ、伏せた顔を無理やり上げさせられた。
抑えきれない怒りが勘兵衛の闇色の眼に閃くのを七郎次は初めて見た。
ずくり、と胸の奥が灼かれる。
「そ、のような、ことは」
ない、と切れ切れに言いかけて其れが嘘だという事は誰よりも自分が良く知っていた。
勘兵衛と共に戦う時は、勘兵衛が生きる事を最優先にする。勘兵衛を死なせぬ為に己も生きる。
勘兵衛も自らも生かす為に戦う。
しかし自分一人のときは。
―――――自らを捨てて戦を愉しんでいる。
生も死も戦という名の遊戯を愉しむ為の要素に過ぎない。
鮮血に彩られ戦に悦ぶ其の性を見透かされ、七郎次は唇を噛んだ。
そうだ、この方の為に生きて、この方の為に死ぬと決めたのは自分。
だというのに。
自らの愉楽を求める余り、其れすら忘れ去っていたなど。
「己の為に生きるのが怖いというのならば、儂の為に生きよ」
儂が傍に居なくとも、唯生きたいと思え。死を望むな。
そう告がれた言葉は七郎次の心に重く響いた。
凝っと自分の眼を覗き込んでいた勘兵衛の双眸がふと細められる。
「人を殺めるのは楽しいか」
「…サムライとして立合いを愉しむのは当然のことで御座いましょう」
言葉が上滑りしていく。
「戦ならば、人を殺めるのも仕方ありますまい」
「成らば、何故おぬしは笑っておる」
咄嗟に左手で口元を覆った。
顔から血の気が引いていくのがわかった。
「血に飢えた眼をして居るぞ。血に狂うな、七郎次。おぬしはサムライであろう。サムライならばこそ、相手の命を背負う覚悟を持て」
「申し訳…御座いません」
声を震わせ、七郎次は堪らずに眼を伏せた。
「おぬしは戦に囚われ過ぎている」
儂は其れが怖ろしい。
勘兵衛は表情を微かに歪め、そう小さく呟いた。
其れが如何いう意味なのか。
諮りかねた七郎次が口を開く前に、勘兵衛は七郎次の頤を掴んでいた手を離し、背を向けた。
「往くぞ」
「…承知」
眩しいものでも見るかのように其の広い背中を数瞬見つめ。
七郎次は勘兵衛の後をついて歩き出した。
往くべき道は決まっている。
お粗末!
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