獣
言葉は要らぬ。唯、刃で語れ。
其の生き様を、其の死に様を。
愉しい。
娯しい。
樂しい。
長く伸ばした朱の槍を振るう。
斬り裂いた敵の感触にぞくりと躰に震えが奔った。
嗚呼堪らない。
あのお方が傍に居ないと途端に此れだ。
自嘲しつつも逸る心は抑えきれない。
勘兵衛様が傍に居れば、常に冷静さを保ちつつ状況を判断する事が出来るのに、あの方が居ない所では、つい戦場の雰囲気に引き摺られ我を忘れる。
あの方の無謀を諫める立場にあろうものが、此れでは人の事を言えない。
機械油と血に其の金糸のような髪と白い面を黒く染め、戦いの愉悦に耽るはサムライとしての性か、其れとも自らの性分か。
どちらでも好いと思う。
唯、込み上げる笑みを押さえきれない。
唇が歪んでいるのを自覚する。
きっと今、己の顔に浮かんでいるのは悪鬼のような表情に違いない。
サムライは人に非ず。
成らば、自分は獣だ。
其の凍った色を持つ眸は溶け出すかのように潤み、獣は獣らしく次の獲物を求めて視線が辺りを彷徨う。
と、不意にくるりと舞うように後ろを振り向いた。
三本の髷が其れに遅れるように揺れる。
次の瞬間、鐵が光を弾き、ちりと熱い感触が七郎次の頬を走った。
はらり、と金の髪が数本斬られて落ちてゆくのを目の端に認める。
一瞬でも遅ければ首を刎ねられていたに違いない。
頬を滴り落ちる血をぺろりと舐め上げ、七郎次は酷く獰猛に嗤った。
そう、此れだ。此れでなくては。
生きていることを強烈に自覚する。
息をしている心臓が動いている手が動く足が動く。其れだけではもう駄目だ。足りない。
死を。間近に見ながら感じながら聞きながら嗅ぎながら、死をもたらす刃を以って果敢なく消えゆく為の命で遊戯する愉しさを知ってしまえばそれ以外の何も見えなくなる要らなくなる欲しくなくなる。全て刃一つあれば事足りる。
生と死の狭間で、己の命を刀に託し。
生きるが為に力を振るう。
間合いの内に入ってきた敵にあわせ伸ばした朱の槍を短く縮める。
踏み込んできた敵の刃がこめかみを掠り血を視界に散らせた。
恐怖は無い。熱くなる躯とは裏腹に冷たいまでに澄み切った理性が目の前の相手を如何やって殺すかを考えている。
痛みに気を取られている暇など無い。
戦う事に慣れた身体は何が命取りになるか瞬時に判断し、考える前に槍を下から上へと跳ね上げる。
避けようとして姿勢を崩した敵へ、一歩近付き其の懐へするりと入り込んだ。
息遣いを感じる距離で眸を交わし。
手にした槍で袈裟懸けに斬り裂いた。
淋漓たる血潮に鵐に濡れて、堪え切れないかのように七郎次は嗤う。
戦は楽しい。
この生と死のぎりぎりで綱渡りをするような緊張感が敵の刃を受ける恐怖感が戦場における高揚感が熱に浮かされたような浮遊感が。
何よりも七郎次を昂ぶらせる。
肉を裂き骨を絶ち首を斬り返り血を浴びる其の瞬間。
溢れ出た鉄錆の匂いに酔い痴れる。
この至福!
人を殺して満たされる。
修羅道にならとうに堕ちている。
血を、死を纏いながら屍を踏みつける。
其れしか自分も前に征く術を知らないのだ。
あの方が前に進むというのなら、その道を切り開くが自分の務め。
其の為ならば傷を負うことがどれほどのものか。
喉の奥から湧き上がる哄笑を押し殺す。
所詮、戦を愉しむしか能のないサムライだ。
存分に此の愉楽を味わおう。
戦は愉しめ。
だが、人を殺めることを愉しむな。
そう戒めたあの方の声が遠い。
さあ、狩りを始めよう。
お粗末!
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