夜
しっとりと汗ばんだ色白の肌を愛撫してやると堪えきれないかの様に嗚呼と腕の中で己の古女房と呼ばれて久しい青年が熱い吐息を唇から零した。抱き込んだ身体を揺すりあげると啜り泣くような声でどうかもうお許しをと啼く。許すも許さぬも無い。唯お主を可愛がっておるだけではないかと意地の悪い事を耳元で囁いてやるとその空を映したような蒼い眸の目元に朱色が走り背中に爪を立てられた。常は涼しげな眼差しが甘く鎔けた様に潤んで勘兵衛を睨む。貴方様に消えぬ傷を付けてやる事が出来ないのが口惜しゅう御座います。この様な浅い傷では貴方様は私のことなど直ぐに忘れ去ってお仕舞いでしょう。二度と消えぬ傷であれば永久に私を貴方様の身体に刻んでおけましょうに。そんな恨み言に似せた甘い睦言を吐く七郎次に勘兵衛は胸の奥で熾火の様に燻り続ける情動を掻き立てられた。
何を言うかお主は既に儂に二度と消えぬ傷を残しておるではないか。其の言葉に眼を見開いた七郎次の虚を突いて勘兵衛は七郎次の腰を掴むと己の肉をより一層深く飲み込ませた。一際高い声を上げて白い喉を仰け反らせた七郎次の身体を抱き。お主は儂の心だ七郎次。血よりも濃く傷よりも深く儂の身体に刻み込まれておる。お主が居らねば儂は死んだも同然。心がなければ生きている意味も有るまい。
呆然と蒼の眸を見開きその勘兵衛の言葉を聴いていた七郎次は暫くの無言の後に今にも泣き出しそうな顔でぽつりと言の葉を落とした。貴方様の為なら何時死んでも良いと思ってこの時まで生きておりましたが今死にたいと思ったのは初めてで御座います。死なれては困ると云ったばかりではないか。判っております貴方様の為に私はどんな事をしてでも生き残りましょう。唯と七郎次はこれ以上は無いというほど艶やかな笑みを唇に浮かべた。貴方様の言葉が余りにも嬉しくて今この瞬間に死ねるならどれほどの至福だろうかと思って仕舞ったのです。ですが矢ッ張り勘兵衛様とイツモフタリデ出陣しイツモフタリデ戦ってイツモフタリデ生きて死ぬ。其方のほうが言葉を抱いて今死ぬよりもずっと仕合せで好いと思った次第で。
そうかイツモフタリデか。えゝ、イツモフタリデ御座います。
七郎次の手によって愛機に刻まれた言葉を繰り返して二人は顔を見合わせて微笑った。
左手に咲いた六花弁を互いに重ね唇を交わす。
七郎次。は。生きよ、生き延びよ、死ぬ事こそが罪と知れ。元因り承知。
お粗末!
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