過去




虹雅渓の最下層、癒しの里。
日の殆ど射さぬ場所でどれほど長く過ごそうとも、己が生まれたときから身に沁みた生き方を忘れる事など出来ないと思い知らされたのはいつだったか。
刀と槍の代わりに三味線と扇子を持ち、主に仕え部下を叱咤する代わりに客をおだてて乙女たちを褒めちぎる。上のものに頭を下げるのが客に変わっただけのことと苦笑いを隠しながら、幇間としてのそんな生活にも馴染んだ。
其の穏やかな日々を虚しいと思った事はない。


ただ。
衝動のように空へ還りたいと、そう想う時が有る。
左腕に咲いた絆を失い、ユキノという女性にめぐり合い、サムライは仕舞いだとどれほど自らに言い聞かせても。
ふとした瞬間に思い出す。
あの戦場を駆け抜けた鮮やかな日々を。
生と死の狭間でどうしようもなく高鳴る胸の鼓動を。
奮い昂ぶる心を、戦場の匂いを、身を切るような風の感触を。

そして、何時も傍らに在った存在を。
自らの名を呼ぶその深い声音も、かき抱いた髪の感触も、重ねた手も、絡めた指も、額を預けた肩も、唇を落とした胸も、辿った頬の形も、合わせた唇も、甘く噛んだ舌も、全部この身体が覚えている。
例え六花弁を失くしたとて、忘れられるはずも無かったのだ。
大切な存在も何もかも記憶と共にこうしてこの身体に刻み込まれている。
消える事のない傷のように。



結局の所、囚われ続けている。
空には心を、魂は。
否応無く自分を従わせる闇く沈む眸に。









お粗末!