現
機関部の発する重低音を子守唄に、七郎次は執務室に置かれた副官用の座席で昼下がりの眠気に誘われて眼を瞑っていた。
意識は半分あるのだが、如何せん身体が動かない。
空気の流れがふと変わった。誰かが部屋に入ってきたのだ。
目を開かねばと思っているのだが、重く纏わりつく眠気が邪魔をする。
近付く気配。馴染んだ匂いが鼻を擽り、七郎次は安心した。
勘兵衛様。
呼んだ名は声にもならず、僅かに唇が動いただけ。
ふわりと動いた風が優しく七郎次の頬を撫でる。
微かな衣擦れの音が耳を掠り、あるかなしかの熱が唇に、触れて。
「七郎次!」
「はいっ」
勘兵衛の声にがばっと飛び起きた。
椅子から慌てて立ち上がり、きょろきょろと見渡すと、思ったよりも遠くにあった勘兵衛の姿に七郎次は眼を瞬かせる。
さては夢だったのかと思いつつ、余りにも生々し過ぎた唇の感触に七郎次は顔に血を上らせた。
「疲れているのは判るが、転寝は感心せぬな」
苦笑交じりの勘兵衛の言葉に恐縮した七郎次は今度は顔色を蒼くしながら頭を下げた。
「は、申し訳在りません」
「まあ、好い。其れよりも狐に抓まれたような顔をして如何した」
「あ、否、何でも…御座いません」
まさか当の勘兵衛に口付けをされた夢を見たなどと云える筈も無く。
口篭ったまま、無意識の内に口に手をやった。
乾いて荒れた肌の感触さえこんなにもはっきりと思い出せるというのに。
其れが全て自分の思い描いた都合のいい夢だったとは。
「若しや、口付けでもされる夢でも見たか」
勘兵衛にとってはほんの冗談の心算なのだろう。
揶揄われているのだ。そう思いつつ、七郎次は面白いほど狼狽えた。
色の白い肌に血が上り、頬が薄紅に染まる。
「い、否っ、と、とんでもありませんっ!」
紅くなったり蒼くなったりと忙しい七郎次の整った顔を見ながら。
其の夢の真相を如何告げようと勘兵衛は思いを巡らせた。
お粗末!
|