やさき




自分の隣に立つ、派手な格好をした男は必中の伝説を持つという。
聞いた当初は呆れたものだった。
右腕に仕込んだボウガンから打ち出される矢などどれ程のものか。せいぜい牽制ぐらいにしか使えまいと。
そう鼻で笑ったのを覚えている。
しかも初めて一緒に任された仕事では、男は其の伝説の由来となった腕の仕込みを使うことなく、得物である青龍刀で標的を切り伏せた。
その様な有様であったから尚更、男に纏わる話を信じる気にはなれなかったのは事実だ。
だが、共に仕事をするようになって幾度目か。

虹雅峡の人通りの多い大通りを見下ろし、クモザルは自分の遠見の眼で見つけた標的を、ハナカケと呼ばれる其の男には見えてはいないと知りつつ、どこら辺に居るかという情報を口にした。
「灰色の外套を被った男だ。今、通りを真っ直ぐに抜けて、緑と橙の屋根の店の前を通り過ぎた」
「へぇ。よく見えるねえ」
感心したような声音が耳に入る。
「其の為の"眼"だからな」
管笠と一体化した大きな一つ目のような形状の感知器は遠くまで景色を見通す事が出来る。
此の機械は戦で失った目の変わりに得たものだった。
「…っと、あれかな」
クモザルの視界は捕捉した目標を追っている。人の波に見え隠れする標的を見失わないようにするのが精一杯の状態。だというのに、そんな自分の気も知らず、どこか呑気そうな隣の男に僅かな苛立ちを感じながら、クモザルは言葉を発した。
「追うならさっさと」
「いや?追う必要なんか無いだろ」
言いかけた言葉を遮った、ハナカケの飄々とした声の語尾に被さるように微かな起動音がクモザルの耳に届く。
何をしているのか。
問いたくとも標的から目を離せない此の状況では如何する事も出来ない。
「まあ、見ときなよ」
ふと隣の男が発する気配が変わったのを感じた。
ぴり、と空気から伝わる緊張感。
深く息を吸い、其の儘息を止める。
数瞬後。
自分の視界の中で勢いよく放たれた矢が1発、2発、3発と次々と吸い込まれるように標的を貫いたのを信じられない思いで見つめた。
「中たったか」
ハナカケが自分に掛けた言葉は質問ではなく事実の確認。
「…全て中たっていた」
「で、其の男が死んでいたなら、俺たちの仕事も完了なわけだが」
「起き上がる気配は無い。如何やら死んだと思っても良さそうだ」
そう云いながら、クモザルは視界を拡大し、紛れも無く男の頚椎に突き立った矢を視認していた。
自分の遠見の眼だからこそはっきりと見えた男の姿は、ハナカケの眼には米粒程にしか見えてはいなかっただろう。
其れ程遠くに居る標的を、まさか射抜くことが出来るとは。
如何やら、この赤紫に染め上げた髪を結い上げ、傾いた格好をした男に関する必中の伝説は嘘でも誇張でも無いらしい。
「それじゃあ、帰るとするかい」
別段、己の為したことを誇るでもなく、飄々と女物の着物を翻したハナカケの背中を見て。
クモザルは目の前の男の印象は見た目ほど悪いものではない、と己の中で結論付けた。









お粗末!