雪柳
あの人の腕の中で眠る事が幸せだった。
いつでも其のぬくもりを分け合う事が出来たから。
目を覚ますまでの間は、確かにあの人の息遣いを、脈動をこの身体で感じていたのだ。
微睡みから覚め、ふと眼を見開く。
自分を抱く腕は透き通るように白く、女特有の柔らかな腕だ。
(あの人の筋肉のついた硬い、けれど優しい腕ではない。)
ここは、あの人の腕の中では、ない。
「……っ!」
其れを認識し、頑是無い子供が泣き出す寸前のように呼吸が乱れた。
だが。
違うと判っていながらも寂しさを埋める為のぬくもりを求めて、自分を慰める腕に縋る。
もういちどおねむりなさいな、何も尋ねようとせずあやす響きで耳に心地よく注がれる声は真綿のように七郎次を温かく包んだ。
(あの人は眠れ、というそっけない言葉とは裏腹に自分が眠るまで髪を撫でていた。)
手入れが入念に施されたしっとりと吸い付くように肌理の細かい肌の感触。
(あの人の褐色でざらついた荒々しい肌とは違う。)
埋めた胸は弾力の在る柔らかな女のもの。
(あの人は逞しく自分を包む大きな胸板に大きな傷跡があって。)
仄かに纏うのは上品な芳しい香り。
(あの人からは何時も血と汗と牡の匂いがしていた。)
指先に触れる長く黒い艶やかな髪。
(色は同じ。でもあの人の豊かな長い髪は痛みきって、しょっちゅう絡まっていた。)
戦場の気配は其処には無く、何処までも夢のように美しい。
(違う。違う。違う。違う。)
本当に夢に居るようだ。
だが、決して満たされることは無い。
(此処には貴方が居ないから。)
自分が本当に欲しいのは。
(恋しい。逢いたい。)
けれど、今はもうこの世の何処にも居ないひと。
お粗末!
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